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2人の被写体に向き合い続けた監督にまずは敬意を表したい。
しかしながら本作品を傑作と認めるわけにはいかない。ギリギリ良質を保ちうるラインに本作品はある。この評価をするために2点に分けて、本批評は論じる。1つは作品のプロット(筋書き)、1つは記録する態度である。後者から語ろう。
本作品は2人の女優が各地を巡って、方々にいる同性の被写体を探り出し、それを撮ることに主眼を置いている。それは街角のちょっとした所で出会える彼女たちの生活を突然垣間見ることになる。こういう言い方をするとこれらを見世物として描いている、と聞こえるかもしれない。いやそうではない。むしろ、セックスがもたらすスペクタクル以前のなんてことはない、ごく普通の出会いだ。それを女優たちと見つめる監督は非情に優れた技量を発揮したと言える。
だが本作品の筋書きはサッパリ意味がわからない。やはり彼女たちは目標を達成した、と言われても、その目標を達成できなかった過程を見せられているのである。とどのつまりをいえば、作品として掲げた目標の達成/未達成に対して全くの裏切りをしてしまっているのである。作品の完結が偽装されたような、後味の悪い感じを残す。
おそらく2人を尊重するために監督はこうした結末を選んだ。しかし結果として、企画された作品それ自体を裏切ってしまった。
反論として裏切るためにこそ、途中で監督自身の独白がワンシーン挿入されているじゃないか、ということを言う人がいるかもしれない。確かにそれはある。だが結末を裏切ることが本作の完結となるべく妥当に積み重ねられた映像だったか?それは違う。
ゆえに本作品は良質であっても、傑作ではない。
ある物書き
2016-09-27